トランス脂肪酸について 1Muscle.com

トランス脂肪酸とは?



現時点でトランス脂肪酸は完全に「悪者」として扱われているといって差し支えないだろう。

特に「工業的に生産されたトランス脂肪酸」は20カ国以上の先進国で完全に禁止されているか、その使用(含有量)が制限されている。[1]

トランス脂肪酸とは特徴的な構造を含む油脂のことだ。

一般にオイル(≒不飽和脂肪酸)は飽和脂肪酸に比べ品質が劣化(酸化)しやすい。

つまり殆どの植物油は不飽和脂肪酸であるため比較的酸化しやすいといえる。

逆に飽和脂肪酸の豊富なバターやココナッツオイルは保存温度にもよるが日持ちしやすい性質がある。

植物油メーカーにしてみれば商品として棚に置いておくだけで品質が劣化してしまうのは大きな損失を生む。

従ってオイルの品質を安定させる方法が考案された。

 

水素添加


オイルが酸化し難いよう安定させる技術に人工的に水素を添加して飽和させる方法がある。

不飽和脂肪酸の「不飽和(結合)」の部分が反応しやすいため、ここに水素原子を二個付加して安定させようとするわけだ。

図:農林水産省

上図、水素添加の過程で二重結合が単結合になればよいが、一定の割合でトランス型の二重結合が発生してしまう。

 


図:農林水産省

二重結合において、二つの水素原子が同じ側にあるものをシス型、一個づつ別の側に付いたタイプをトランス型と呼ぶ。

このトランス型結合を含む脂肪酸が「トランス脂肪酸」と呼ばれている。

自然界にある不飽和結合の多くはシス型でありトランス型は少ない。

それ故、一定量以上のトランス脂肪酸を食べると「健康に良くない」と言われ、それをサポートするような研究が行われてきた。

 

トランス脂肪酸の成り立ち


トランス型脂肪酸が造られるパターンには大まかに4つある:

1.部分水素添加油を造る過程で発生する
2.加熱で発生する
3.微生物が造る
4.意図して工業的に製造される


問題になったのは1番、部分水素添加油を造る過程でトランス脂肪酸が発生することである。

従ってトランス脂肪酸と成分表に書いていなくても「部分水素添加油」と成分表に書いてあると「トランス脂肪酸含有」と考えられた。

2番の加熱によるトランス脂肪酸発生は発生量が小さいため気にしなくて良いと言われている。

3番の経路は後述するが自然界にあるトランス脂肪酸で「健康に寄与する」ような効果が認められている。

4番は3番で発生するトランス脂肪酸を工業的に造り出したものである。



なぜ部分水素添加油を造るのか?


水素添加は不飽和脂肪酸の品質安定に用いられるが、オイルを完全に飽和させてしまうと固体になってしまう。

100%硬化させた油はフレークのような状態で販売されている。

部分水素添加油の需要が発生したのは様々な理由でバターの代替品、マーガリンが求められたからである。

その際、植物性油脂を用いてバターを模することが画策された。

多くの植物性油脂は少し冷やしても液体のままであるし、100%植物油を飽和させると固体になり、バターの代わりにはならない。

従ってバターの性質に似せるには部分的に水素で飽和させた油脂がちょうど良かったのだ。

このようにして部分水素添加油がもてはやされた。

ところが前述したように、この方法だと完全に飽和した油脂を造らない限り、トランス型の結合を含む油脂が出来上がることになる。

トランス脂肪酸規制の国際的風潮から、日本でも最近マーガリンの製法が変わり、トランス脂肪酸含有量はバターよりも低くなったと言われている。

もっとも、バターに含まれるトランス脂肪酸は微生物により自然に生成されるタイプのものである。

 

 

トランス脂肪酸は本当に「悪い」のか?


肥満

最近の研究では、人工的なトランス脂肪酸は肥満に関連する遺伝子多型(rs1121980、rs1421085、rs8050136)の遺伝的感受性の上昇やBMI増加と関連すると指摘されている。[2]


インスリン抵抗性

トランス脂肪酸(エライジン酸)がインスリン抵抗性の発症に関与しているという研究は日本からもいくつか発表されている。[3, 4]


心臓血管疾患

心臓血管疾患とトランス脂肪酸との関連に関してはそれを指摘する研究が非常に多い。

トランス脂肪酸の総摂取エネルギーに占める割合が2%増えると、心臓血管疾患のリスクが23%アップするとする研究がある。[5]


がん

最近のメタ解析[6]によると前立腺がんや大腸がんで有意な相関が見られている他、相関があるとする研究は多い。


炎症

工業的に造り出されたトランス脂肪酸と心臓血管疾患の危険因子を関連付ける証拠はかなり一貫しているというのがコンセンサス。

ヒトにおける研究でも工業的に造り出されたトランス脂肪酸と炎症マーカーの高値との間に関係があることが示されている。[7]


例外: CLA

人工のトランス脂肪酸とは裏腹に、自然界に存在するトランス脂肪酸は健康を脅かすリスクにならないうえに、ある種の「健康増進効果」さえあるとする研究が数多く存在する。[8]

自然界に存在するトランス脂肪酸の代表的なものはCLA(共役リノール酸)と呼ばれるものだ。

CLAはサプリメントとしておなじみである。

トランス脂肪酸に対するイメージがあまりにも悪すぎるため、CLAを敢えて「トランス脂肪酸」と称するサプリメント製品紹介には出くわしたことがないように思う。

牛など、反芻動物の消化管内の微生物はCLAを始めとする多くのトランス脂肪酸を造り出す。

少し前から現在まで、グラスフェッド牛の乳や肉には、穀物で育てた牛と比べてCLAが格段に豊富であるということがセールスポイントとなっている。[9]


番外:ダイハイドロフィロキノン(Dihydrophylloquinone)

ダイハイドロフィロキノン(ジヒドロ型ビタミンK)とは、植物油に含まれるビタミンK1(フィロキノン)が水素添加油を製造する過程で水素添加を受けて生成される物質である。

この物質がフィロキノンの代謝をある程度阻害することは考えられ、事実2007年の研究ではダイハイドロフィロキノンの摂取が多いと骨密度が下がる傾向にあると判明している。[10]

しかしながら例えば、2021年の研究 [11] ではフィロキノンもダイハイドロフィロキノンも膵臓がんのリスク低下に相関しており人工的なトランス脂肪酸が与える警戒感からは程遠い。

いずれにせよ水素添加の産物であるから水素添加油を避けるなら心配は要らない。

総括


まず、人工的な部分水素添加油は多くの疾患と関連しているため避けるべきだ。

もちろんトランス脂肪酸の含有量は先進諸国で既に制限されている。

水素添加の工程で発生するであろう他の微量物質も、水素添加油を避けることで回避出来るため、掘り下げる意義は無い。

それとは対照的に反芻動物の消化管内の微生物による水素添加で発生するトランス脂肪酸、CLAがその代表であるが、これらには疾患のリスクを下げるような弱いエビデンスが主張されているほか、ダイエットに役立つという意見はよく聞かれる。

実際、グラスフェッド・バターには結構な量のトランス脂肪酸(CLA)が含まれており、それをセールスポイントにする企業も多い。

最後に私個人の意見になるが、トランス脂肪酸云々以前に「味付けとしての脂質は最低限に抑えるべき」と常日頃より感じている。

従ってバターやオイルを使用することが滅多に無い。

自然のトランス脂肪酸が多いからバターが良いとか、逆に、バターよりトランス脂肪酸が少ないのでマーガリンを食べようとか、そういった理屈で、分離された脂質をたっぷり摂ろうとするのはよろしくないと考える。

私は良質のオリーブオイルやごま油などをわずかに垂らす程度にしている。

脂質はナッツ類で十分摂れているからだ。


堀江 俊之

 

(出典)

1.    World Health Organization, 2018


2.    Koochakpour, G., Z. Esfandiar, F. Hosseini-Esfahani, P. Mirmiran, M. S. Daneshpour, B. Sedaghati-Khayat, and F. Azizi. "Evaluating the interaction of common FTO genetic variants, added sugar, and trans-fatty acid intakes in altering obesity phenotypes." Nutrition, Metabolism and Cardiovascular Diseases 29, no. 5 (2019): 474-480.


3.    Ishibashi, Kenichi, Yoshihiro Takeda, Lisa Nakata, Fumihiko Hakuno, Shin-Ichiro Takahashi, and Gen-ichi Atsumi. "Elaidate, a trans fatty acid, suppresses insulin signaling for glucose uptake in a manner distinct from that of stearate." Biochimie 177 (2020): 98-107.


4.    Itcho, Kiyotaka, Yoko Yoshii, Haruya Ohno, Kenji Oki, Masakazu Shinohara, Yasuhiro Irino, Ryuji Toh, Tatsuro Ishida, Ken-ichi Hirata, and Masayasu Yoneda. "Association between serum elaidic acid concentration and insulin resistance in two Japanese cohorts with different lifestyles." Journal of Atherosclerosis and Thrombosis 24, no. 12 (2017): 1206-1214.


5.    Islam, Md Ashraful, Mohammad Nurul Amin, Shafayet Ahmed Siddiqui, Md Parvez Hossain, Farhana Sultana, and Md Ruhul Kabir. "Trans fatty acids and lipid profile: A serious risk factor to cardiovascular disease, cancer and diabetes." Diabetes & Metabolic Syndrome: Clinical Research & Reviews 13, no. 2 (2019): 1643-1647.


6.    Michels, Nathalie, Ina Olmer Specht, Berit L. Heitmann, Veronique Chajès, and Inge Huybrechts. "Dietary trans-fatty acid intake in relation to cancer risk: a systematic review and meta-analysis." Nutrition reviews 79, no. 7 (2021): 758-776.


7.    Valenzuela, Carina A., Ella J. Baker, Elizabeth A. Miles, and Philip C. Calder. "Eighteen‑carbon trans fatty acids and inflammation in the context of atherosclerosis." Progress in lipid research 76 (2019): 101009.


8.    den Hartigh, Laura J. "Conjugated linoleic acid effects on cancer, obesity, and atherosclerosis: A review of pre-clinical and human trials with current perspectives." Nutrients 11, no. 2 (2019): 370.


9.    Klopatek, Sarah C., Xiang Yang, James W. Oltjen, and Payam Vahmani. "PSXV-25 Effects of multiple grass-fed and grain-fed beef systems on meat fatty acid composition." Journal of Animal Science 99, no. Supplement_3 (2021): 324-324.


10.    Troy, Lisa M., Paul F. Jacques, Marian T. Hannan, Douglas P. Kiel, Alice H. Lichtenstein, Eileen T. Kennedy, and Sarah L. Booth. "Dihydrophylloquinone intake is associated with low bone mineral density in men and women." The American journal of clinical nutrition 86, no. 2 (2007): 504-508.


11.    Yu, Dao-Wu, Qu-Jin Li, Long Cheng, Peng-Fei Yang, Wei-Ping Sun, Yang Peng, Jie-Jun Hu, Jing-Jing Wu, Jian-Ping Gong, and Guo-Chao Zhong. "Dietary Vitamin K Intake and the Risk of Pancreatic Cancer: A Prospective Study of 101,695 American Adults." American Journal of Epidemiology 190, no. 10 (2021): 2029-2041.

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