我々は何故マグネシウムが足りないのか? 1Muscle.com

マグネシウムの分布


マグネシウムは栄養界隈で最近特によく聞くミネラルだ。

生化学反応においてマグネシウムの関与するエリアは大きすぎるため「マグネシウムの基本」さえカバーすることは不可能だ。

ここではマグネシウムのごく一つの意外な側面を紹介する。

マグネシウムは主に細胞内に存在し、人体では4番目に多い陽イオンである。

マグネシウムは体内のどこにあるのだろうか?

1999年にWaryらがリン31核磁気共鳴とイオン選択電極を用いるなど、多くの研究者がマグネシウムの所在を検討した。[1]

その結果、指標として体内のマグネシウム総量の約半分は細胞内、残りの半分は骨に存在するということが判明した。

血液中に存在するマグネシウムは全マグネシウム量の1%にも満たない。

従ってマグネシウム・サプリメントの評価においてはサプリメント摂取後の血中レベルはもちろん、急性の値を計測しても無意味である。

化合物の違いによりマグネシウムの吸収率および利用率が異なることは自明であるが、本丸は99%以上のマグネシウムを貯蔵する細胞と骨のマグネシウム代謝補正であるということだ。



マグネシウム補給は積み上げで


実践的な面で言うと、あわてずゆっくり日々マグネシウムを身体に蓄えていくということが肝要である。

短期的な効果に関しては、リラックス効果など至って顕著なものも多いが、こういった面に関しても一つ留意したいことがある。

それは前述した血中マグネシウムレベルが全体のごく僅かであるということに呼応するが、血中マグネシウム(の推移)を計測した場合「内因性のマグネシウム(身体の貯蔵から出るマグネシウム)」がかなりあるので実際の意義はいかがなものかという結論の研究が最近出たことだ。[2]

最近話題になる5-ALA(アミノレブリン酸)は、個人的印象として、ミトコンドリアが金属イオンを安全に運搬するための器具を作って細胞基質に渡すための部品であるという「ラベル貼り」をしている。

これによってマグネシウムや鉄などのミネラル代謝が健全化し、ミトコンドリアを賦活する、というシナリオは想像に難くない。

 

 

生物のテクノロジー


意外に思われるかも知れないが、有用なマグネシウムであっても「安全に運搬するための入れ物」を必要としているようだ。

エネルギーを作り出すものは、その反応性ゆえ、諸刃の剣なのである。

食事中の鉄分が諸刃の剣として多くの人に捉えられ始めているのは感じるが、多くのミネラルはもとより、マグネシウムや鉄を運ぶ器自体も「取り扱いには注意」の物質である。

これに似た諸刃の剣は、中毒の恐れがあるガス、コンロの炎、感電死の恐れがある電力など、我々が日常的に利用してその恩恵を享受しているものの中にも多くある。

そういった意味で、マグネシウムのサプリメンテーションにおいても、けっして慌てず、少し繊細な気持ちでおおらかに取り続けることが、効率化を生む情緒であると思う。




面白い洞察

 

一般にマグネシウムの充足度と糖代謝能力には正の相関(同じように上下する)がある。

2型糖尿病患者のうち約30%がマグネシウム不足(血中 Mg2+ 濃度が 0.7 mmol/l 未満)であると言われる。[3]

また2型糖尿病患者においてはマグネシウムレベルが低いと、血中のグルコースおよび中性脂質が高い傾向にある。(逆相関)[4]

食事からの摂取においてもマグネシウムとカルシウムのバランスが、カルシウム偏重であるほど2型糖尿病のリスクが高くなる。[5]

こういったことはよく耳にすることかも知れない。

さて、マウス実験などで、マウスを糖尿病にする食餌は規定の高脂肪食である。

高脂肪食でインスリン抵抗性が発現するメカニズムは、おおむねヒトでもあてはまると考えられている。



興味深い実験に出くわした。

マウスに高脂肪食を与えても、マグネシウム低減食だと、肥満度や肥満に伴う症状が緩和されたというのだ。[6]

マウスに高脂肪食を与えると、当然ながら脂質中心のエネルギー代謝へとシフトする。

この際、交感神経系が惹起され、褐色脂肪細胞での共役蛋白質による熱産生が高まり、エネルギーが「無駄に消費される」ことになる。

マグネシウムレベルが低いとこの「無駄なカロリー消費」が亢進し肥満や脂肪肝などを低減するのだ。

共役蛋白質によるエネルギー消費はプリン・ヌクレオチドと呼ばれる物質が抑制するが、アドレナリン系統が活性化すると、これらは分解され「無駄なカロリー消費」が増える。

細胞質基質中の9割のプリン・ヌクレオチドはマグネシウムと複合体を作っている [7, 8] ため、マグネシウム低減が、プリン・ヌクレオチド分解を効率化しているという側面もあるだろう。

もっともマグネシウム不足で交感神経系が活性化してしまうのは周知されているところだ。[9]

また別の動物実験では、高脂肪・高カロリー食は、白色脂肪組織からの交感神経反射を引き起こし、脂肪-脳-筋肉のRAS/ROS軸を活性化して末端組織でのグルコース取り込みを低減することが確認されている。[10]

つまり高脂肪食もマグネシウム不足も交感神経系を活発にする。

ここでふと、高脂肪食を食べたマウスで、それがマグネシウム低減食だと肥満などが回避されたということに思いを馳せた。

ひょっとすると、高脂肪の食事をすると、脂質代謝をより効率的にしようと身体が適応し、その一つの方法としてマグネシウムレベルを制御するということがあるのかも知れない。

こういった理由の推測はさておき、低炭水化物食で心臓の動悸が激しくなったと主張するダイエッターに、マグネシウムを摂れという指導が行われているのを何度か目にしたことがある。

これは必ずしもマグネシウム摂取不足では無く、脂質代謝に適応するべくマグネシウム代謝が抑えられたため、という可能性がある。

前の方で述べたように内因性のマグネシウムによる素早い恒常性維持という側面は見逃せないからだ。


堀江 俊之

 

 

出典 

Reference:
 
1.    Wary, C., C. Brillault-Salvat, G. Bloch, A. Leroy-Willig, D. Roumenov, J. M. Grognet, J. H. Leclerc, and P. G. Carlier. "Effect of chronic magnesium supplementation on magnesium distribution in healthy volunteers evaluated by 31P-NMRS and ion selective electrodes." British journal of clinical pharmacology 48, no. 5 (1999): 655.
 

2.    Eremenko, Natalia Nikolaevna, Eugenia Valerievna Shikh, Svetlana Yurievna Serebrova, and Zhanna Mikhailovna Sizova. "Comparative study of the bioavailability of magnesium salts." Drug metabolism and personalized therapy 34, no. 3 (2019).
 

3.    Kurstjens, Steef, J. H. De Baaij, Hacene Bouras, R. J. Bindels, C. J. Tack, and J. G. Hoenderop. "Determinants of hypomagnesemia in patients with type 2 diabetes mellitus." Eur J Endocrinol 176, no. 1 (2017): 11-19.
 

4.    Sobczak, Amélie IS, Fiona Stefanowicz, Samantha J. Pitt, Ramzi A. Ajjan, and Alan J. Stewart. "Total plasma magnesium, zinc, copper and selenium concentrations in type-I and type-II diabetes." Biometals 32, no. 1 (2019): 123-138.
 

5.    Shah, Imran Ullah, Aysha Sameen, Muhammad Faisal Manzoor, Zahoor Ahmed, Jian Gao, Umar Farooq, Sultan Mehmood Siddiqi et al. "Association of dietary calcium, magnesium, and vitamin D with type 2 diabetes among US adults: National health and nutrition examination survey 2007–2014—A cross‐sectional study." Food Science & Nutrition 9, no. 3 (2021): 1480-1490.
 

6.    Kurstjens, Steef, Janna A. van Diepen, Caro Overmars-Bos, Wynand Alkema, René JM Bindels, Frances M. Ashcroft, Cees JJ Tack, Joost GJ Hoenderop, and Jeroen HF de Baaij. "Magnesium deficiency prevents high-fat-diet-induced obesity in mice." Diabetologia 61, no. 9 (2018): 2030-2042.
 

7.    Lüthi, Daniel, Dorothee Günzel, and John AS McGuigan. "Mg-ATP binding: its modification by spermine, the relevance to cytosolic Mg2+ buffering, changes in the intracellular ionized Mg2+ concentration and the estimation of Mg2+ by 31P-NMR." Experimental physiology 84, no. 2 (1999): 231-252.
 

8.    Corkey, Barbbara E., J. Duszynski, Terrell L. Rich, Benno Matschinsky, and John R. Williamson. "Regulation of free and bound magnesium in rat hepatocytes and isolated mitochondria." Journal of Biological Chemistry 261, no. 6 (1986): 2567-2574.
 

9.    Shimosawa, Tatsuo, Koji Takano, Katsuyuki Ando, and Toshiro Fujita. "Magnesium inhibits norepinephrine release by blocking N-type calcium channels at peripheral sympathetic nerve endings." Hypertension 44, no. 6 (2004): 897-902.
 

10.    Cao, Wei, Meng Shi, Liling Wu, Jiaxin Li, Zhichen Yang, Youhua Liu, Christopher S. Wilcox, and Fan Fan Hou. "Adipocytes initiate an adipose-cerebral-peripheral sympathetic reflex to induce insulin resistance during high-fat feeding." Clinical Science 133, no. 17 (2019): 1883-1899.

 

 

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